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栗本流 哲学・生命論
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■半身麻痺からの復活─理論篇1
■半身麻痺からの復活─理論篇2

1リハビリテーションにおける心の役割
2心と身体

「意味と生命」および心身論後説
─真のリハビリテーション理論の確立のために─

…なんちゅうけど要するに参ったぜの闘病記

   これは、「意味と生命ー暗黙知理論から生命の量子論へー」(青土社、1988において考察し叙述した心身論の文字通り体を張った後説である。

 告白するがわいは要するに倒れてしもうたんや。十月末のことだった。元来の糖尿病体質とか高血圧とかいろいろあるが要するに政界での超過労が原因である。イラクに行って日本の外交官もまったく会えないタリク・アジズ第一副首相(実は首相)と会談したような無理も効いたらしい。

   病気ははっきり言って軽くない脳梗塞。ところが、それが起きた夜書いていたのが、依頼されていたリハビリ関係の学会(身体運動文化学会)のためのレジメだった。なんという皮肉か、いまや自分が超スパルタのリハビリ中なのである。
 周囲には倒れたあと、心配させたくないため「軽い」と通知はしたが、じつのところは軽いどころかMRIなる脳の写真を見た医師が「こいつはもう動けないはずだ」と言ったというくらいのものだった。ところが私は、手足をもたもたと動かしていた。「ない足(幻肢)だって動くんだから、ある物は動くんだ」と心の中で叫んでいたのだ。心の中でというのは、具体的には口唇の左がまったく動かず物を言えなかったからだ。
   で、このシビアな診断の話はワイがなんとかなりそうになったあとで「今だから言える」として担当の美人医師24才美保ちゃん、いや美保医師が語ってくれたことだ。最初は気のやさしい彼女としてはとても言えなかったんだ。
 そこで私は梗塞と医学的予測を無視? して二日ほど動いていたが、やはり医学をそう馬鹿にするものではない。三日目にはちゃんと左半身麻痺に陥ってしまった。はっきり言っていやこれは参ったと思った。わずかに使える右手の指一本で「カフカスの短剣」というライフワークだか遺作だかをうちはじめてしまったくらいだ。
病室にて闘病中の栗本 1999/12 1999/12/11    しかし、そこでリハビリが始まった。ん? リハビリ? なんやワイが先生方にえらそうに教えることにナットったなと気づいた。そこで自分の文を読むと良いではないか。そこで私は具体的リハビリ法についてもいろいろ勝手な理論をうみだし、患者の癖にああだこうだと講釈を垂れながら、あっと驚くスピードのリハビリに取り組み始めている。

完全麻痺もありうるとといわれた左半身はナースがおさわりを警戒するほどに四日で回復、これでは一度完全にあきらめた選挙カーにも乗れることにやがてはなるかも知らんというほどの予測さえ出て来た。だが、もうはっきり言って、インタネット新党の時代や。言葉も既に完璧に近いけどな。古臭い選挙カーの屋根なんかにゃ乗らん。

 実は既に体調不良が始まっていたため、あまり動けず許してしまった盗聴法と自自公政権をつぶすため、PCを使って頑張るぞお。インターネット新党総裁宮崎学氏のパワーと言い、仲間の顔ぶれと言い、やれるぞ。また、やってやるぞ。マスコミさんも取材希望らしいがあたりまえじゃないか、こちらは世界初のインターネット新党だ。記者さんたちも他社の盗聴傍受を恐れながらインターネット上だけで取材してくること。それにしか答えないのがルールだ。わいは12月18日、車椅子・・やはり必要なようだ・・に乗って病院から市谷私学会館の「突破者の母」パーティに駆けつけるが,新党について記者の取材にはまったく答えないからよろしく。..みんなそこを守ってくれて有難う(これは99.12.19記)。
   
    もう今は12月3日,わいは長く世話になった今いる病院を去って,またべつのところにいくんや。そこからナース付きかなんかで12・18は駆けつけるからね。

   そこでだな、こういう状況になっても、いやそれだからこそ、正しく思える身体と精神論およびリハビリ論をここに発表しておく。これは第4回身体運動文化学会で講演する予定だったレジメとシンポの発言予定趣旨である。かくして、わいは身障者兼リハビリ理論家としてだけでも絶対蘇えったるで。
 わいが電脳突破党候補として突入する選挙区の相手となる自民党主流派候補よ、よく首を洗っておけ。(ここまで99.12.06)

で、それからのことである…
   ワイは、ベッドが空くのを一週間待って、静岡県の病院のリハビリ科に入院した。まだ12月上旬のことである。このころには独特の自己訓練が功を奏して、左足の筋肉は衰えたとはいえ、かろうじて全体重を支えるところまでなっていた。もちろん、実は筋肉に対して常に,   細胞の死によって遮断された神経回路を迂回してでも,とにかく脳から指令を発することをあらゆる努力(意識だ,意識!)をして伝えつづけたことが大きい。ベッドからわざとずり落ちそうに体を傾斜させて体重をかけながら、どこの筋肉で自分の体重を支えているか、そのとき足首はどうなっているかを強く意識し、自分の頭に『教え』続けたのだ。中隊長,大隊長に戦死された現場の兵士がなんとか指令を本部に求めつづけ,本部もなんとか代替的ルートを作って現場に指令を届けるようにした、ということだ。

 こうして、足は、左半身不随の時期においても筋肉はある程度の刺激を常に切られなかったし、脳から指令を発する神経系統は脳細胞の死によってまったく遮断されたが、逆に行動の現場たる下肢から指令を求めて伝令をおくっていたということ・・・。こうして代替指令系統を何とか作って行った。それによって、転院時にはぎっこんばったんすればなんとか歩行は出来そうになっていた。しかし、そこで固まってしまうと、そういうふうにしか歩けなくなる。半身不随よりはるかに良いが、今度は左足の筋肉が回復さえすれば「普通に」歩けるようにせねばならない。無理歩きはせず、どこがぎっこんばったん歩きになる原因なのか?見届けて、また訓練せねばならないと、自分によく言い聞かせていた。だから、杖も車椅子も必要なときは必要だった。

 ちょうど、このころである。『週刊宝石』誌やテレビがわいが倒れたことを報じたのは。

 左足は、全体として六割くらいの力に弱まっていた。恐ろしいものだ。半身不随という状態が3〜4日はあったものの、支えられてであっても,まったく自分の足で立たなかった日はない。もちろん、ナースに支えられて簡易便器に座るまでのわずか2、3歩ということを含めてだが…。人間の筋肉とはかくも運動によって維持されているものなのか。驚くばかりである。一日一善ではなく、一日一割,あるいはそれ以上の比率で筋肉がなくなっていくのだ。宇宙船の中でどんどん筋肉が退化して行くという宇宙飛行士を思い出した。ものだ・・・となると、まだ左手のことを言っていなかったが親指と人差し指は少なくとも一ヶ月は完全に麻痺していたから大変だ。完全に動かなかったのだから。この筋肉の落ち込みこそ、今まことに苦労している復活劇だということはすぐ理解されるだろう。

 要するに、脳梗塞で運動を指令する神経回路が破壊された。その部分がになっていた指令伝達が放棄され、現場の筋肉が動かなくなった…ということだ。となれば、なによりもまず、その指令を伝達する神経系統の代替ラインを作る必要がある。そりゃ、出来るんだ。人間は、必要だからと言って、血管の一部を心臓にしてしまったのよ。あれは、血管の一部が肥大化したもんだ。指がなくなると,頬で親指,上唇で人差し指,あごで小指の感覚を代替させる。だから,指がなくなっても,幻の指を人は持つ。ちなみに感覚上、足とペニスは入れ替えられる。・・・アメリカ神経科学の大家ラマチャンドラン著『脳の中の幽霊』角川書店参照。…だから,ペニスが細くて彼女に文句を言われている男は,ワイのところに来い。足と付け替えてやれる・・・わけはないだろ。感覚のことを言ってるのよ。感覚。でも足をなめられるとすぐイク君または貴女は,かなりの可能性がある。

 神経回路については,もともと死んだ仲間の代わりをやってやろうという奴はきっと出ることになっとる。脳からの回路は,モジュール(専一・独立の機能を持つもの)ではないからだ。ワイの行なってたこと、やってたことは、脳から末端へなんとか指令を通じさせようというだけではなく、末端の筋肉を自動的に動かして、あるいは使って、なくなっていない感覚を生かして『感知』しながら、末端からも脳へ手を差し伸べるというものだ。そしてここで心臓や麻痺していない体側に過重負担をかけてはいけない。梗塞の原因となった血圧も心配である。だから、自重などを利用したわけよ・・ちなみに現代医学の主流派はまだモジュール説を採っているが、神経回路の役割は専一的ではなく、相互干渉的だと考える学者もかなり出てきた。まだ野党だが、わが国の国会の野党勢力よりは大きい。。

 だが、足は非常にうまくいったが ( いま、誰も私が発病後、ベッドから動けず、車椅子も車椅子、外に行くのなら電動にかぎると言われていたなんて思えないやろ ) 、指や肩は十分にうまい運動が見つからず、関節回りの筋肉が細かくて複雑な為、さすがのワイも苦労しとる。親指、人差し指も動くことは動くようになったが、弱い。

2000年1月、病室にてパソコンリハビリ中の栗本 2000/1/14 ラルフ・ローレンのリハウエアで決める【株】プレスハウス提供だ。いいチェックだろ。これで経済,政治をチェックしてる  リハのやりすぎであるか、別の原因か(注* 新コーナーの分析参照)肩に疼痛も出ている。これが課題のひとつであるが、なんとか、方法を見つける決意は固いぞ。ご心配をかけたが、こういう風に前向きにやっとるし、写真のとおり表情も前より健康だから、必ず復活する、…と思っとって欲しい。

 もうひとつの課題と発見は、脳からの指令カットは体の外の筋肉だけでなく、口腔や声帯、瞳孔など体内にも入り,内臓にも及んでいることの克服や。舌の左側にも麻痺がある。これはきつい。

唇の左とか左眼の瞳孔が、指令がこんのをいいことにさぼっとるんや。ワイは、左眼が利き目という希少派なので、すぐ気づかねばならなかった。だって、ちょっと明るいとやたらまぶしいんだから。瞳孔の筋肉が収縮せんわけやね。さあ、これは次の課題だ。

ここで!

な、なんと、栗本式片麻痺治療器具の登場!……2000年1月21日・左手小指がはっきり親指とともに丸を作ろうと動き始めた!弱いながらも、人差し指もだ。 幻肢論、メルローポンティの知覚論から発した栗本式の麻痺回復法器具を考案し、作成したからだ。私のいる病院では、既に熱心な(山崎多紀子)作業療法士さんが、この試作品の意味を理解し、他の患者にも許可を取りながら応用してデータをとり始めたぞ。                                   これは、本来、発病後、数年以上経った人でも有効とラマチャンドラン博士は言っている‥ということは、コンセプトはラマチャンドランから得ているが、麻痺側の隠し方で栗本式のは少し違っている。私は、自分の試作品を3分使っただけで、それまでまったく接触しなかった左手の小指と親指をくっつけることに成功した。これは、脳神経回路を復活させる‥と、言っても別回路を喚起する‥方法なのだ。ラマチャンドラン式のものを使ったアメリカの患者も言っているが、何よりも使っていることが楽しく、気持ちがいい」のだ。理論と実物は一両日中に公開する(もうほぼ公開した01/31wrote)。請う、ご期待。…要はだ、誰かの金儲けに使われないよう少々チェックしておくことがあるからだ。

…また、栗本式とは伊豆逓信病院・リハビリ科長黒沢崇四博士がいみじくも名づけてくれたわけだが、伊豆式と言ったっていいかも。伊豆産のみかん用ダンボールを使った素朴で暖かいふたつき「器具」と、私たち(山崎多紀下子作業療法士および宗内憲二理学療法士も協力)の研究した使用法プログラムの組み合わせを言う。あくまで原案とその脳神経学的原理論は、カリフォルニア大学サンディエゴ校の神経科学研究所長のV.S.ラマチャンドラン博士と、別コーナーに紹介したエリック・アルツシューラー博士らの研究報告(半身麻痺からの復活理論篇2,3)が基礎になっていることを言っておかねばフェアでない。 VSラマチャンドラン著書カバー
ただ栗本式のほうのソフトには、明らかに、拙著「意味と生命」で展開した科学哲学者マイケル・ポランニーと現象学者メルロ=ポンティの知覚論(たとえば、『知覚の現象学』木田元訳・みすず書房)の影響が見られるはずだ。

 今度倒れて、実にいろいろな人から、いろいろな治療薬や治療法を教えてもらった。豪州産プロポリス(採用!)とかね。モットモラシイコトを言いながら、結構、インチキもあるな(多くは不採用!)。こういう報告もまたやろう。とにかく高い器具を売ったする(40万円近い器具を売る有名なナントカ式健康法を含む。高すぎる。また、脳と神経科学に知識がある者が読むと、どれも説明がこけおどしと科学的誤謬が多すぎる!大なり小なり生活上の収入に問題が出ているはずの病人から金をむしりとろうとするんじゃない!)のは駄目だな。(2000/01/23修)

1999/12/06初版・2000/1/31修正加筆第3稿)


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